Frankie Knuckles 『 The Whistle Song』僕とフロアと、その先へ

90年代初頭ぐらい、僕はハウスミュージックにどっぷりだった。

六本木にYellowがオープンし、渋谷にはレコード屋がいくつもあった。あの頃の渋谷には、角を曲がればレコード屋があった。

レコードショッパーを持った男子たちがCISCOの前の階段ででタバコを吸っている。
僕もそのうちの一人だった。それが、あの頃の音楽やクラブが好きな奴らの、ステータスだったかもしれない。
Madonnaが「Vogue」をリリースし、ハウスミュージックは世界的なブームになっていた。レコード屋に行きクラブへ行く。そんなことが、たまらなく楽しかった。

1991年にリリースされたFrankie Knucklesの「The Whistle Song」は大ヒットし、たちまちクラブアンセムになった。だいたいクローズの時間が来る頃、フロアにはこの曲が流れる。
一晩中踊って「疲れた身体を癒す」かのように、「早く帰って寝ろ」と言うかのように、はたまた「まだ踊れるだろ」と問いかけてくる。
曲は静かに始まり、大した盛り上がりもなく、静かに終わる。派手なピークがあるわけでもないのに、なぜか一夜の終わりにはこの曲がよく似合った。

一晩中踊る。
そりゃ、好きな音楽を聴いて踊っていれば楽しいよね。何かを生み出す必要もなく、何かを成し遂げなきゃいけないわけでもない。
ただ踊るだけなのだ。踊るというのは不思議な行為で自分からフロアに出ていくという意味では能動的なのに、音楽に身体を動かされているという意味では受動的でもある。
しばらく踊っていると、踊ろうとすら考えなくなる。能動でもあり、受動でもあり、いつの間にか自動になっている。

人生も、案外そんなものなのかもしれない。自分で選んでいるようで、時代や環境に動かされてもいる。仕事だってそうだ。自分で選んだつもりでも、会社や社会のリズムに合わせて動いている。
でも、その中でどんなステップを踏むかまでは決められていない。

夜が終われば店を出て、また日常に戻る。何かが解決したわけでもない。
世界がどこへ向かっているのか、自分がどこへ向かっているのか、そんなことはたいしてわからない。それでも音楽は鳴っている。僕らが踊っているのか、音楽に踊らされているのか、それすらよくわからない。

踊る場所はどこだっていい。
会社だって、フロアだって。
音楽は鳴り、人生も鳴り続ける。

そう、こんな時代だから、僕らは踊るしかないのかもしれない。

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