休むクセを身につけるには
仕事を一日休んだからといって、世界は何も変わりません。
あなたが休んだその日も、電車は走り、お店は開き、朝になればまた太陽が昇る。
頭じゃわかっているが休めない人がいます。
「迷惑をかけてしまう。」
「自分がやらなければ。」
「頑張れば何とかなる。」
そんな言葉を自分に言い聞かせながら、今日も身体を動かしています。
責任感が強い人だからなのでしょうか。
私は、それだけではないような気がしています。
施術をしていると、身体が限界に近づいている方ほど、「まだ大丈夫です。」と笑います。本当のことを言えない方が多いように感じています。
肩はガチガチ。
呼吸は浅い。
眠りも浅い。
手足も冷えている。
身体は何度もサインを出しているのに、本人だけが気づいていません。
不思議だなって思います。。
なぜ、人はそこまで頑張ってしまうのでしょうか。
私は、その理由の一つに、「頑張っている自分には価値がある。」という考え方があるように感じていますが、本人はそんなことを意識しているわけではありません。
でも、子どもの頃から何度も聞いてきた言葉や、育った環境は、少しずつ自分の当たり前になっていきます。
「頑張りなさい。」
「我慢しなさい。」
「迷惑をかけちゃダメ。」
「男なんだから。」「お兄ちゃんなんだから。」
「女の子らしく」「お姉ちゃんなんだから。」
その一つひとつに善い悪いはありません。
親も、その時代の中で一生懸命に子育てをしていたのです。
私自身も、子どもの頃、母から「男のくせに疲れたなんて言うな」とよく言われていました。母を責めるつもりはありません。多分当人は忘れているんじゃないかと思います。
ですが当時は、こう在るべきみたいな考え方が当たり前だったのだと思います。
でも、その当たり前は、大人になってからも静かに身体の中へ残っていきます。
疲れていても休めない。
つらくても「大丈夫です。」と言ってしまう。
人に頼ることが苦手。
身体よりも周りを優先してしまう。
それは性格ではなく、長い時間をかけて身についた考え方のクセなのかもしれません。
私はよく、「身体にはクセがあります。」とお話しします。
猫背
巻き肩
食いしばり
身体は長年の使い方を覚えています。
でも、クセがあるのは身体だけではありません。
考え方にもクセがあります。
無くて七癖と言いますが、考え方にも、自分では気づかないクセがあるのです。その考え方のクセは、身体にも少しずつ現れてきます。
だから私は、身体と心を別々のものだとは考えていません。
身体が無理を続ければ、考え方まで余裕を失います。反対に、考え方が力み続ければ、身体もまた力み続けます。
どちらが先なのかは分かりません。
ただ、一つ言えるのは、その二つは切り離せないということです。
私がこんなことを深く考えるようになったきっかけの一つに、父の存在があります。
すでに他界しているのですが、
亡くなる前の一か月は、身体的には決して楽ではなかったと思います。
それでも、どこか穏やかでした。本当の気持ちは本人にしか分かりませんけれども。
でも私には、「もういいかな」と思っているように見えました。
焦りや、こうしなきゃとか、誰かと比べることもありませんでした。
「もっと頑張らなきゃ」という力みもありませんでした。
そこにあったのは、「ありがとう」や「楽しかった」という、とても静かな空気だったように思います。
人は人生の終わりが近づいた時、「もっと仕事をしておけばよかった。」と思うのでしょうか。
「もっと評価されたかった。」と思うのでしょうか。
そうではない人も多いのではないでしょうか。
今の私たちは、何をそんなに急いでいるのでしょう。
何をそんなに手に入れようとしているのでしょう。
もちろん、頑張ることは素晴らしいことです。
努力があるから技術は磨かれ、スポーツも、芸術も、仕事も進歩します。
私も整体の勉強を続けていますし、もっと良い施術をしたいと思っています。
でも、頑張ることだけが自分の価値になってしまうと、身体がせっかく出しているサインまで見えなくなってしまいます。
身体は「少し休みませんか」と言っているのに、頭の中では「まだ頑張れる」という声が勝ってしまう。
その状態が何年も続けば、身体は少しずつ力み続けます。
だから私は、頭蓋仙骨療法を単なる頭への施術だとは考えていません。
約5gというやさしい刺激で身体全体の緊張がゆるんでくると、頭の中まで少し静かになることがあります。
何か新しい考え方を教えるわけではありません。
「こう考えましょう」と伝えることもありません。
ただ、身体の力が抜けることで、自分でも気づいていなかった考え方のクセに、ふと気づくことがあります。
「そんなに頑張らなくてもよかったのか」
「人に頼ってもよかったのか」
「少し休んでもよかったの。」
そんな答えを私が与えることはできません。でも、その人の中から自然と出てくることがあります。
私は施術とは、身体を変えることだけではないと思っています。
身体がゆるむことで、今まで見えなかったものが見えてくることがあります。
頑張っている自分に価値があると思っていたこと。
休むことに罪悪感を感じていたこと。
人を優先し続けていたこと。
それらは「間違い」だったのではありません。
その時代や環境の中で、一生懸命生きてきた証です。
だから否定する必要もありません。
身体にはクセがあります。
考え方にもクセがあります。
そのどちらにも気づけた時、人は少しだけ力を抜いて生きられるのかもしれません。
私たちの望むものは、一体何なのでしょうか。
手に入れたかったものは、どこかにあったのでしょうか。
それとも、最初から自分の中にあったものでしょうか。
私には、まだ分かりませんが今日も、身体にそっと触れています。
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