Andy Stott『Passed Me By』と僕とタオ島

サラリーマンを辞めた僕は、タイにあるタオ島へ向かった。

10年以上ぶりのタオ島は、あちこちにWi-Fiが繋がり、コンビニまであった。記憶の中のタオ島とは、やや違った形で僕を迎えてくれた。

記憶を辿り、サイヌアンビーチに宿を取った。宿の女将さんは「久しぶりじゃん」と僕を迎えてくれた。

えっ? 覚えてんの?

「あー、覚えてるよ」

ホントかよ。

10年以上前に一度泊まっただけなのに、なんで覚えていたのか不思議でならない。

若い20代の頃の僕は、誰も知らないところにいたかった。知らない街へ行き、知らない人の中に紛れて、何者でもないまま過ごしたかった。

それから10何年が過ぎて、今度は自分のことを覚えていてくれたことが、なんだか嬉しかった。

島に着いてやることといえば、ビールを飲む。飯を食う。ビーチで横になる。たまに海に入る。ぐらいのことだ。あと、音楽を聴く。

バンガローにはビールの空き瓶が貯まる一方だ。シンハーではない。チャーンビアだ。10バーツ安いから笑

その頃、僕がハマっていたのは、Andy Stottの「Passed Me By」だった。

Andy Stottはマンチェスターのアーティストだ。ドローン、テクノ、アンビエント・ダブ。そこらへんのジャンルを行ったり来たりする革新的な音楽を作っている。

聴いていたのはいつも夜だった。バンガローでハンモックに揺られ、ビールを飲む。波の音、虫の声、星空。そんな環境に、暗く重たい電子音が心地よかった。

無機質な電子音に聞こえる。でも、Andy Stottはソウルなのだ。

以前タオ島を訪れてから、僕はサラリーマンになった。割と真面目に仕事をし、割と良い成績を残していた笑。でも、この先これでいいのかな、なんて思いながら仕事をしていた。

振り返れば、10何年なんてあっという間だった。

その間に、一生付き合っていくだろうと思える友人もできた。近くなった人もいれば、いつの間にか会わなくなった人もいる。

人も、島も、時間の中にいる以上、変わっていく。

タオ島だってそうだ。

僕の10何年なんて、島は知らない。「お前の10年なんて知らねーよ」とでも言うように、昔の僕を待っているわけでもない。

それでも、久しぶりに戻ってきた僕を迎えてくれた。

女将さんは覚えていてくれた。

いろんなものが、僕の前を通り過ぎていった。仕事も、人との関係も、あの頃の自分も、そしてタオ島も。

でも、通り過ぎていったものを追いかける必要はない。

夜のタオ島で、ハンモックに揺られながらチャーンビアを飲む。その向こうで、Andy Stottがソウルを鳴らす。

『Passed Me By。』

今が在るだけなのだ。

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