YMO『CUE』混沌から抜け出す合図

YMOを初めて知ったのは、幼稚園の頃だった。

当時の僕にとって彼らは、テクノカットと呼ばれる短く切ったもみあげで、『君に、胸キュン。』に合わせて陽気に踊っている、不思議なおじさんたちだった。
音楽のことなんて何も分からない僕は、ただ「楽しそうなおじさんたち」というくらいの印象しか持っていなかった。

それが、大人になってから、そんな彼らの音楽をあらためて聴くようになる。その中でも、何度も繰り返し聴いてしまうのが、1981年のアルバム『BGM』に収録された『CUE』だ。

あの頃のおじさんたちの印象とは、あまりにも違っていた。

張りつめた空気。音と音の隙間に漂う緊張感。子どもの頃にテレビで見ていた、あの陽気な3人とはまるで別の顔だった。

「ヒントをくれ。」

「合図(CUE)をくれ。」

そんなふうに聴こえる。

当時、3人の仲がうまくいっていなかったことは周知の事実だったようだ。もちろん、そんなことを僕が知っていたわけではない。ただ、この曲を聴いていると、何かがうまく噛み合わないまま、それでも前に進もうとしているような感覚がある。

答えが欲しいわけじゃない。全部うまくいく方法を教えてほしいわけでもない。ただ、この混沌の中を、もう少しだけうまく歩いていくための合図が欲しい。

そう考えると、『CUE』というタイトルが妙に切実に思えてくる。

人生には、何をすればいいのか分からない時がある。間違っているのか、正しいのかも分からない。誰かに「こっちだ」と教えてもらえれば楽なのだろうけど、そんな都合のいい合図はなかなか来ない。

だから人は、音楽を聴くのかもしれない。

音楽に答えを求めているわけではない。人生の問題を解決してくれるわけでもない。ただ、聴いているうちに、自分の中にあった何かが少しだけ動き出すことがある。

幼稚園の頃、陽気に踊るおじさんたちだと思っていた人たちは、その真裏で、こんなにも張りつめた音を鳴らしていた。子どもの僕には見えていなかったものが、大人になった今になって少しだけ見えるようになったのかもしれない。

散開後、『CUE』はHASYMOやMETAFIVEなどで何度も再演されてきた。どの演奏も本当に素晴らしい。けれど僕は、やっぱり『BGM』で鳴っていた、あの少し冷たくて、乾いた空気が好きなのだ。

たぶん僕自身が、あの頃より少しだけ「分からないこと」を知るようになったからだ。

子どもの頃は、世の中はもっと単純だった。大人になればいろいろなことが自由になり分かるようになると思っていた。

仕事も、社会も、自分自身のことも、思ったほど簡単ではなさそうだ。

混沌はなくならないし、世界が急に分かりやすくなることもない。

それでも、ときどき『CUE』を聴きたくなる。

答えを教えてくれるわけではない。ただ、乾いたビートが鳴っている。その音を聴いていると、分からないままでも、とりあえずもう一歩進んでみようと思える。

あの乾いたビートは、混沌の中にいる僕たちへ、静かに「合図」を送り続けているような気がするのである。

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